辺境近境;国におけるニュースのプライオリティ


CNNのサイトをみていたら、アフリカの大洪水がのっていた。

;Deadly floods: Huge aid appeal

http://edition.cnn.com/2007/WORLD/africa/09/21/africa.flooding.ap/index.html


日本でこのニュースって流れたのかどうかわかならいけど

国によってニュースのプライオリティ(優先順位)と報道の伝え方、

報道の取り扱い方が違う。


もちろんそれぞれの国によって

大事なニュースと関係ないニュースにわかれる。


日本人が巻きこまれた

海外のニュースなら日本も必死になって報道する。

というのも日本にとって関係の深いニュースだから。

それは大事だとおもう。



そういうことを考えていたら

なんか不思議な感じがした。


なんで不思議に感じたのかというと

毎日新聞を読んで情報を入手しているけど

なんでみているのかよくわからなくなった。


よくわからなくなったのは

もし”自分の位置”をもたないで情報をみていると

その情報をあつめてどうしたいのかとく分からなくなるから。


自分の位置をしっかりもたないで

ネット、新聞、雑誌など様々な情報媒体から

いろいろな視点で情報収集をしても

結局どうしたいのかというのは特になければ

なんか必要などうかよくわからなくなる。


そうなると情報ってあった方が得なのか不思議になる。

知らないより、知っていた方がいいケース、状況もとくある。

けど、結局のところ

生きていくのに必要な”目標”にとって

どうして必要なのかどうかってことにつきるような気がした。


そうなると目標があると

情報を集める上で有効的に活用できることになるようなきがする。




米国の大学に留学している時に

日本のCDランキング、日本のニュースなどの

日本の情報が全く手にはいらない状態になった時期があった。


当時はやっとネットにアクセスできる環境が

できつつある状態にあったような時期だった。


ホットメールが出始めてような時期だったことを

今でもしっかり覚えている。



ネットをするにしても、学校の図書館にいって

ダイアルアップの回線環境で、japanタイムズちょろちょろみて

情報をえるか、日本の家族に電話してきいたり、手紙でおしえてもらったりと

かなり情報が入手しがたい環境だった。


そのとき、別に日本の新聞をみなくても

生きていけるとハッキリ認識したことを今でも覚えている。


つまり、毎朝新聞を読んで

知識をつけることは大事かもしれないけど、

知らなくても生きていけるんだということ。


知らなくても、その情報が必要になったときに

調べて入手すればいいということ。


こういうと、新聞は意味ないのかというと

そういう意味ではない。


けど、逆に言えば一週間前のニュース5つあげてください

といわれてハッキリいえる人って毎日新聞をみていても

あまりいないと思う。


逆に”このニュースしってる?”っときかれれば

しっている人はほとんどだと思う。



今、必要とされているのは

情報を能動的に活用することだと

考えると、限られた時間で入手できる限られた情報を

いかにまとめて、活用するでしょう。


そういう意味で、

RSS、Web、ネット検索な度を自分の行き方にあわせて

活用できるスキルが大事なんだよなーって改めて感じた今日この頃。